おぢか国際音楽祭とは?

1 本事業の経緯と経過

長崎県佐世保市から70キロの西の海上、東シナ海の入り口に位置する小値賀町は、それぞれ趣の異なった大小の島々17個が海上に点在する、島の姿はまさに箱庭と呼ぶにふさわしい自然の美しさで、西海国立公園の中心的存在です。

 一時は100戸を超える家族(人口600人以上)が居住していましたが、ニホンジカに追い出される格好で島の主人公が交代して、現在では500頭の野生鹿の島となっている野崎島が、この国際音楽祭のメインフィールドです。野崎島は、敬虔なカトリック教徒が建てた天主堂が山の中腹にそびえ、かつては子供達の声が響き渡っていたであろう木造の学校校舎や運動場が今では自然体験キャンプ場となり、近くには美しい砂浜海岸での海亀の産卵も見られ、海水の透明度は沖縄にも勝るとも劣らないと来島者に言わしめる自然豊かな島です。山の高さは300メートルを有に超え、北側の中腹には1300年以上も前に祭られた遣唐使船航海安全祈願所という古い歴史を有する神島神社が鎮座ましましています。 この地域は肥前風土記に「値嘉の島」として登場し、古くから海上交通の要所として広くその名を知られた島でもあり、遣唐使船など外国の文化交流の中継地点として、まさしく「海の道」で世界につながっていた古い歴史を持っています。

西暦2000年5月、この野崎島で野崎島がもつ魅力に共鳴した洋画家増田常徳氏による「自然との共生」と銘打った文化イベントが行われました。その時にオーストリアからウィーン・ダンテ四重奏団がこの島に訪れ、室内及び野外コンサートを開催し、続いて小値賀島内の人々とも交流を持ちました。来島した演奏家は、小値賀町の人情や美しい自然、野崎島の時間を超越した何かに惹かれるものを感じ、これが縁となりその後、演奏家の一人バイオリニスト萩原淑子氏から、「世界的に有名なザルツブルグ国際音楽祭に日本から毎年たくさんの生徒がザルツブルグに訪れ、レッスンを受講されている。逆にザルツブルグの講師が日本で教えるという音楽アカデミー的な取り組みを、自然豊かな野崎島や小値賀で考えてみてはどうか」と地元の井上由美子氏を通じて提案がなされ、ここにザルツブルグを拠点として世界中で活躍しているアーティストとの得がたい接点が出来ることにつながりました。

これを契機に、町民による実行委員会が組織され、音楽のことは萩原氏の全面的な協力を頼みとして、音楽アカデミーの環境づくりに専念し、訪れる音楽家たちが楽しめる環境づくりに力点を置き、自然を生かした“おぢか”ならではの国際音楽祭が立ち上がりました。

 

2 この事業のねらいと方向性

 1)ねらい

  世界的にも稀な火山群島という美しい自然と豊かな歴史に育まれた素朴な人情と時間がゆっくりと流れる小値賀(おぢか)の特徴を活かしたイベントの中で、“しま”ならではの素晴らしさを多くの人に認知せしめ、交流人口の増加を図る。  

また、ザルツブルグ在住の世界的に活躍している一流演奏家による音楽アカデミーを小値賀島及び野崎島にて開催し、日本中(将来的には世界中)から募集した受講生に直接個人指導を行い、さらなる演奏技術の向上と音楽に対するより豊かな感性を養う。国の違い、文化の違いを超えた音楽という共通の世界で講師、受講生、聴講生そして島民が心からの交流を図り、小値賀の自然の素晴らしさとそこに住む人の温かい心情に触れることで、魂の「ふるさと」を感じて頂き、もって、「おぢか」のファンを増やす。

さらに、日本西端の小さな島で実施される世界でも珍しいオンリーワンの国際的な音楽祭として世界に認知されることにより、交流人口の増加と町民の自信を醸成し、国際交流や芸術を通した新しい「しまづくり」の役割を担う。

   

 

2)音楽祭の目指す方向

@ 小値賀のゆっくりとした時間と自然環境が音楽家達の感性を揺さぶり、自然と調和する形で音楽が奏でられ、それを聞く人々により豊かな心とリフレッシュ感をもたらす人間らしく暖かい島の音楽祭を目指す。

A     楽器演奏の本格的なレッスンを聴講することやコンサート、公演会などの入場及び島内いたるところでの芸術的パフォーマンスと語らいにより、島は一週間、音楽を中心とした芸術とクリエイティブな世界へ誘う空間を目指す。

B年に1回、小値賀を愛する者、自然を愛する者、音楽や芸術・文化を愛する者の集う心の原点、文化交流の“まつり”になることを目指す。